短編 | ナノ


▼ 日猿



伏見さんっていつ笑うんだろう、そんなどうでもいいことを考えてしまったのには適当な訳があった。
組織改変に伴い行動をよく共にするようになったこの伏見猿比古という人物。情報課から配属された伏見は聞くからには室長のお気に入りで色々とことん優遇されているらしい。19歳という若すぎる年でこの地位についているなんて、少し恐ろしいとも思う。
仕事ができていればなんでもいいんだろと言わんばかりの横暴で生意気な態度に腹を立てる者は少なくはなかった。日高もその一人だ。いくら仕事が出来て実戦でも戦力になるとはいえ、結局は組織にいるからにはチームワークが必要なのだ。ある程度結束出来るくらいの信頼関係は必要なのである。
そこで思った。伏見と仲良くなればいいのではないか?と。今までそういう結論には至らなかったし、出来るだけ関わりたくないとも思っていた。
伏見は仕事ができるとはいえまだ19歳だ。なのに裏切った吠舞羅からは疎まれ、所属している組織の一部の面々からも疎まれ、本人は気にしてないとしてもそんなのは悲しいのではないかと思う。伏見の行いのせいでこうなっているのだが。言えば同情だった。伏見と仲良くなればいいというのは偽善なのかもしれない。だが自分にバカ正直に生きてきた日高は頭で思ったら行動に移すのは早かった。

「ふーしみさん!一緒に食堂で食べませんかー?」

周りが騒めく。何を言ってるんだこいつは、というような声があちらこちらから聞こえてくる。そんな周りの声に左右されるほど日高の決意は弱くなかった。

「…俺自分で持ってるんでいいです」
「じゃあそれ持って食堂行きましょう!」
「は?…えっ、ちょ…」

断られるのも想像してたし、明らかに嫌がって狼狽えてるが気にしない。日高は気にせず伏見のリストバンドが巻かれた手首を掴んで食堂へと進んでいった。

「うひゃああ!!?ちょっと何するんですか伏見さん!」
「いや…食堂ついても手放す気配が無いから…」

食堂についた瞬間握っていた手に爪を立てられ擽られた。擽れるのは弱い方だから少し大袈裟に反応してしまい、伏見さんに笑われた。
―――――――ん?笑われた?

「伏見さん今笑いました?」
「―――…笑ってない」
「いーや!笑ったね!笑ったでしょ?」
「あーはいはいもううるさい笑いましたよ笑った笑った」
「ほんとに可愛くないなー」

そう言いながらも日高の頬は緩んでいた。あの伏見が少しだけだが笑った。やはり本当は誰かと話すことが嫌いなわけでは無いと思う。ただ不器用なだけで。

食堂で伏見が選んだのは小さいクリームパン1つだけだった。そんなのでお腹いっぱいになるんすかと聞いたら少食なんでとだけ言われ、俺も少しダイエットしようかな、と呟くと体力馬鹿の日高さんには断食は無理なんじゃないですか、とぶっきらぼうに言われた。それに対して抗議しようとしたところで気付いた。

「会話が成立してる――――!」
「は?」

思わず声に出してしまい、それを聞いた伏見が怪訝な顔をする。あ、やべ、と思って慌てて言い訳をし始める。

「いや、あの伏見さんってもっと冷たい感じの人なのかなーって思ってました」
「…」
「まず食堂に誘った時点で嫌がられると思ってたし、」
「俺断りましたよね」
「話しかけただけで抜刀されちゃうと思ってましたし…こうやって一緒に話しながらご飯食べるとか嬉しいっす!」

正直にそう言うと、なんだか一瞬驚いたような顔をして、目を逸らしてチッ、と一つだけ舌打ちをした。

「あんたほんとに物好きだな…ほかの奴らみたいに放っとけばいいのに」
「いーえそんなんじゃダメっすよ!もっと自分を大切にしてください!」
「意味わかんないんすけど…」
「あ!伏見さんこのにんじんゼリーめっちゃウマいっすよ!」
「俺人参嫌いなんで…」
「ええええでもこのゼリー人参の味あんまりしないっすよ?ほら、あーん」

伏見の前ににんじんゼリーを掬ったスプーンを持っていく。押し返されるか自分で食べます、と断られると思いきや以外にも伏見は日高のスプーンに食いついた。自分でやっといてなんだが驚いた。素直に食べてくれるなんて

「あー…確かににんじんの味しないかも…」

もぐもぐ食べながらそう伏見が感想をぼそぼそ呟いているのを上の空で聞きながら思考が一時停止した。

「…日高さん?自分で食わせたんだから何とか言ってくださいよ」

顔を除きこまれそう言われるとスプーンを落としてしまった。

「なにやってるんすか…どん臭い……」
「あああああゴメン!ちょっと考え事してた!」
「ふーん…」

落としたスプーンを拾いながら謝ると、適当な返事が帰ってきた。
なんだこれなんだこれ。伏見さんを可愛いと思うなんてどうかしてる。いくらなんでもこの可愛くない上司にときめくなんて男の名が廃るぞ落ち着け日高暁落ち着け日高暁…

「あの!よかったらこれから毎日一緒にお昼食いません?仕事が終わるタイミングが重なったらでいいんで…」
「……なんでそんなに俺に構うんですか」
「えっ、普通に仲良くなりたいからですけど」

そう言うと1つ舌打ちと溜息をついたあと、別にいいですよ、と呟いた。

「ただ、こっちから誘いませんからね」
「わかりました!」

そう笑いながらまた伏見にゼリーを向けると今度は避けられた。前途多難だが悪くないなと感じている自分に日高は気付かなかった。









[ back to top ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -